LOGIN店内へ入ると、紙と木の混じったような匂いがした。
大きな書店のように明るく整然としているわけではない。
壁際には天井近くまで本棚が並び、平台には店員さんが選んだらしい本が、短い紹介文と一緒に置かれている。
「ここにはよく来るのか」
「秘書になる前は、月に一度くらい来ていました。最近はあまり来られていませんけど」
「なぜだ」
「忙しかったからです」
「休日まで仕事をしていたのか」
「仕事をしていたわけではありません。疲れて、近所で買い物を済ませることが増えただけです」
帝人さんの眉がわずかに寄った。
「俺の秘書をしていた頃か」
「帝人さんだけが原因ではありませんよ」
「原因の一部ではあるんだな」
「否定はしません」
正直に答えると、帝人さんは黙った。
ここで謝罪を始められると、今日まで仕事の反省会になってしまう。
私は近くの棚から一冊を抜き取った。
会議削減の見直しが一段落した翌週。 午後の予定を確認していると、受付から内線が入った。『倉橋さんにご面会希望の方がいらっしゃっています』「私にですか?」『はい。東央ソリューションズの営業企画部長、相馬様です』 名前に聞き覚えがあった。 来月、皇グループへ新しい業務支援システムを提案する予定の会社だ。「アポイントは?」『ございません。ただ、十分ほどで結構なので倉橋さんに直接ご相談したいとのことです』「分かりました。応接スペースへお願いします」 帝人さんではなく、私。 少し珍しい。「誰だ」 執務室から声がした。 聞こえていたらしい。「東央ソリューションズの相馬さんです。私に少し相談があるそうです」「俺ではなく?」「はい」「何の相談だ」「まだ聞いてません」 帝人さんは少しだけ考えた。「そうか」 それだけ言って資料へ戻る。「気にならないんですか?」「小春への客だろう」「そうですけど」「なら小春が話を聞けばいい」 あっさりしている。 私が何かあれば自分で対応できると思っているのだろう。 そう考えると、少しだけ嬉しい。 ……最近、こういうことまで意識してしまうのは困るけれど。 私は応接スペースへ向かった。 ◇◇◇◇「突然申し訳ありません」 相馬さんは四十代くらいの、柔らかい印象の男性だった。「いえ。今日はどのようなご相談でしょうか」「来月、御社へご提案する予定の案件について、少し現場寄りの意見をいただければと思いまして」「現場寄り?」「倉橋さんは、数字だけではなく実際に使う人のこともよく見ていらっしゃると伺いました」 どこから聞い
それから数日。 帝人さんの執務室には、見直しを終えた定例会議の一覧が並んでいた。 廃止。 頻度変更。 時間短縮。 参加者削減。 継続。 最初は単純に「半分消す」と言っていた一覧が、ずいぶん細かく分類されている。「結局、半分なくなりました?」「会議数だけなら四割弱だ」「届かなかったんですね」「時間で見ろ」 帝人さんが別の資料をこちらへ寄せる。 年間会議時間。 見直し前と見直し後。「……半分近く減ってる」「ああ。会議そのものを残しても、一時間を三十分にしたものが多いからな」「じゃあ、目標達成?」「まだだ」 帝人さんは次のページを開いた。「会議を減らした結果、情報が落ちたら失敗だ」 そこには、新しく作られた仕組みが並んでいた。 部署横断の短時間共有。 現場から直接上げられる簡易報告。 正式な報告書にするほどではない違和感を残せる共有欄。 重大度を判断できない段階でも、一度記録できる仕組み。「これ、全部作るんですか?」「必要なものだけ試す」「帝人さんにしては慎重ですね」「何だその言い方は」「もっと一気に全部変えるかと思ってました」「一気に変えて何が悪い」「ほら」「ただし、仕組みが増えすぎれば今度は入力作業が無駄になる」 帝人さんは真顔で続ける。「会議を減らして、その代わりに報告フォームを十個増やしました、では意味がない。現場の時間を奪う場所が変わるだけだ」「そこまで考えてるなら安心しました」「俺を何だと思っている」「仕事を減らすために、新しい仕事を増やしそうな人」「そんな非効率なことはしない」「帝人さん自身の仕事は増やしますけどね」
帝人さんが、もう一度三人へ向き直る。「では、この会議をそのまま残す必要はあるか」 今度は物流部の課長がすぐに答えた。「毎週一時間は長いと思っています」「そこは思っていたのか」「……はい」 現場担当の若い男性が少しだけ笑った。「報告資料を読み上げる時間は、正直いらないです」「なら最初から言え」 三人が黙る。「帝人さん」 私が横から声をかける。「社長に『会議いらないです』って言うの、結構勇気いりますよ」「なぜだ。無駄なら言えばいい」「その感覚が帝人さんなんです」「分からない」 やっぱり分からないらしい。 私は三人へ聞いた。「もし報告の読み上げをなくして、気になることだけ短く話す形ならどうですか?」「それなら助かります」「毎週三十分でも十分だと思います」「参加者も全員でなくていいかもしれません」 次々に意見が出る。 帝人さんがそれを整理していく。「定例報告は事前共有。会議では読み上げ禁止。議題は『正式報告にはなっていないが気になること』を優先する」「それなら意味がありそうですね」「ああ」「じゃあ、この会議は残します?」「今の形では残さない」 そこは変わらない。「三十分に短縮する。参加者も減らす。ただし、現場から最低一人ずつ入れろ。管理職だけ集めても意味がない」 物流部の課長が頷いた。「承知しました」「一か月試せ。必要な情報が拾えているか確認して、その後また見直す」「分かりました」 三人が退出する。 扉が閉まったあと、私は帝人さんを見る。「どうでした?」「会議自体はやはり無駄が多い」「そこは譲らないんですね」「
午後三時。 帝人さんの執務室に、三人が集まった。 物流部の課長。 現場担当の若手社員。 店舗運営部の主任。 全員、なぜ呼ばれたのか分からない顔をしている。「座れ」 帝人さんが言うと、三人が少し緊張した様子で席についた。 私はその横で資料を開く。「今日聞きたいのは、物流部と店舗運営部で毎週やっている情報共有会についてだ」 帝人さんがいきなり本題へ入った。「廃止を検討している」 三人の表情が固まった。「ただし、決定ではない」 帝人さんは続ける。「会議自体に価値があるのか。それとも、そこでしか拾えていない情報に価値があるのかを確認したい」 物流部の課長が慎重に口を開いた。「確かに、報告だけで終わる週もあります」「なら、なくなって困ることは何だ」 単純な質問だった。 でも三人はすぐに答えなかった。「何もないならそれでいい。無理に残す理由を作るな」「……一つ、あります」 口を開いたのは、現場担当の若い男性だった。「正式に報告するほどではないことを聞けなくなるのは、少し困ります」 帝人さんが私を見る。 私は何も言わなかった。「具体的に」「先月、店舗側から『夕方だけ配送が遅れることがある』って話が出たんです」 議事録にあったものだ。「最初は一店舗だけだったので、交通状況かなと思ってました。でも別の店舗からも同じ話が出て。それで調べたら、夕方の積み込み順が変更されていたんです」「問題になっていたのか」「その時点では遅延と呼ぶほどではありませんでした。十分とか十五分くらいで」 店舗運営部の主任が引き取る。「ただ、そのまま荷物量が増える時期に入ったら、もっと遅れていた可能性があります。共有会で話が出たので、その前に修
「何を確認する」 帝人さんが、私の指している資料を見る。「会議で何を決めているかじゃなくて、何のために集まっているのかです」「議事録に書いてある。各拠点の状況共有だ」「それだけかなって」「どういう意味だ」 自分でも、まだ上手く説明できなかった。 私は過去数回分の議事録を開く。 配送遅延。 店舗ごとの在庫状況。 設備故障。 人員の応援。 大きな問題は少ない。 重要な決定もほとんどない。 だから帝人さんが「資料だけで足りる」と判断したのも分かる。 でも。「ここです」 私は短い記述を指した。『最近、この時間帯だけ荷物が遅れることがある』 その下。『まだ問い合わせになるほどではないが、同じ商品の返品が少し増えている』 さらに別の回には、『新人が同じ場所で迷うことが多い』 とある。「これがどうした」「これって、たぶん資料を送るだけになったら書かれない気がします」「必要な情報なら書かせればいい」「何が必要なのか、話して初めて気づくこともありません?」 帝人さんが黙った。 私は考えながら続ける。「たとえば『最近ちょっと遅れることがある』くらいなら、正式な報告書を書くほどじゃないと思って黙る人もいると思うんです。でも会議で別の人が似た話をしたら、『うちもです』ってなるかもしれない」「複数拠点で起きていれば、そこで初めて共通の原因に気づく可能性がある、と」「はい。返品も同じです。一件ずつなら小さいけど、話してみたら同じ商品で増えていたとか」 帝人さんがもう一度議事録を見る。「新人が迷う、というのもか」「一人なら慣れてないだけで終わる。でも何人も同じところで迷うなら、案内や動線に問題があるのかもしれません」「&he
その日の午前中、帝人さんの執務室には、各部署から提出された定例会議の一覧が並んでいた。 週次。 隔週。 月次。 部内だけで終わるものもあれば、複数部署から十人以上が集まるものもある。 資料を見ただけでも、かなりの数だった。「多いですね」「多すぎる」 帝人さんは一覧を眺めながら、容赦なく印をつけていく。「これと、これ。それからこれも廃止だ」「ちょっと待ってください」「何だ」「今、三つ連続で消しましたよね?」「ああ」「ちゃんと中身見ました?」「見たから消した」 帝人さんは一つ目の会議を指した。「毎週月曜、九十分。参加者十二人。直近三か月で議題の六割が前週の進捗確認だ。進捗だけなら共有資料で足りる」 次の資料へ指を移す。「これは月二回、一時間。議事録を見る限り、各部署が順番に報告して終わっている。質問もほとんどない。全員を集める意味がない」 さらに次。「こっちは毎週やる必要がない。月一回で十分だ」 理由はある。 しかも、かなり正しい。「帝人さん、今日これを全部整理するつもりですか?」「そのために出させた」「どれくらい減らす予定です?」「半分」「半分!?」 思った以上だった。「年間の会議時間を計算した。役職者だけでも相当な時間を使っている。その中には、集まる必要のない会議が多すぎる」「それはそうかもしれませんけど」「十二人が一時間集まれば、会社として十二時間を使っている」「一人一時間ですけどね」「その一時間を十二人分使っているんだから同じだ。移動や事前準備まで入れれば、実際の損失はさらに大きい」 帝人さんは手元の一覧を軽く叩いた。「意思決定もしない。意見交換もしない。資料に書いてある数字を順番に読み上